前から思っているんですが、USB4 Gen 3×2やUSB PD EPR、USB PD 3.1といった小難しい語句を並べ立てているタイプの記事、あれすごく良くないと思うので、今回はその辺について書いていきます。
本記事は紙媒体・Web媒体・YouTubeなどメディアで発信する側の人、特に商業メディアの関係者や、メーカーでプレスリリース・商品説明を書く立場にいる人に読んで欲しいと思って書いています (どの程度の人の目に入り、かつ真剣に取り合ってもらえるのか分かりませんが) 。not発信側の人は「あー、こういう記事・文章あるよね」とか「どの口が言う」とかヤジ飛ばしながら読んでもらえればと。
この記事で言いたいこと
本記事で言いたいのは、「必要もないのに以下のような語句を使うべきではない」ということです。
- USB4 Gen ◯
- USB4 Version 2.0
- USB PD EPR
- USB PD 2.0/3.0/3.1
- eMarker
理由は、こういった語句を使ったところで読んだ人の理解の助けになるどころか理解の妨げになるだけであり、百害あって一利なしのため。
USB4 Gen ◯表記
最近見たもののなかで特に良くないと思ったものの1つが、ITmedia Mobileのこの記事です。
これの悪いところは、Gen表記でそれっぽい数字をとりあえず羅列して、読んだ人に「難しそう」「複雑そう」という印象を不必要に与えている点です。
前提として、「USB 3.2 Gen 1」だとか「USB4 Gen 3×2」といった名称は開発者向けのものであり、一般向けに使用する名称ではないです。とはいえ、USB 3.xに関してはGen表記が一般に広く使われているため、Gen表記を行うのもやむを得ない面があるとは思います。例えば「USB 10Gbps」と書いたとして、読んだ人に伝わらなかったら意味ないですしね。また、コロコロ変わるUSBの名称に振り回されるメディアに同情もします。ただ、これはあくまでUSB 3.xに限った話です。
USB4に関しては、Gen表記ではなくGbps表記が当初から推奨されています (1) (2) 。途中で「USB4 40Gbps」「USB4 20Gbps」という表記を「USB 40Gbps」「USB 20Gbps」に変えるというUSBの悪癖もありましたが、何にせよUSB4に関しては当初からGen表記ではなくGbps表記が推奨されています。
それを踏まえて、このITmedia Mobileの記事に限らず「USB4 Gen 3×2」「USB4 Gen 2×2」と書いている人に自問自答してほしいのですが、Gbps表記よりもGen表記を使ったほうが、想定読者にとって分かりやすい説明になるでしょうか。あなたの文章は、Gen表記が必要になるほど技術的な内容を説明しているでしょうか。
一般向けの説明ではGen表記よりもGbps表記の方が分かりやすく、かつ、Gen表記を使用しなければ説明できない内容もないため、一般向けのUSB4に関する説明でGen表記は使用すべきでない、使用する理由がないというのが私の意見です。
USB4 Gen ◯表記の文章ほど内容が誤ったものになりがち
USB4に関する説明でGen表記を使用すべきでない理由は他にもあります。Gen 2やGen 3と言っている文章は往々にして内容が誤っているという点です。
オブラートに包まないで言えば、「知ったかぶってGen 2やGen 3と説明したところで間違ったことを言うだけだからやめろ」ということです。
ITmedia Mobileの記事だけでなく、このテクノエッジの記事もかなり間違っています。
USB 3.xはUSB Type-CだけでなくStandard-AやMicro-Bでも利用可能なこともあって、1レーン動作の場合もあれば2レーン動作の場合もあります。これに対してUSB4はUSB Type-Cオンリーであり、通常2レーン動作のみとなります。
上記のITmedia Mobileやテクノエッジの記事のように、あたかもUSB4で1レーン動作が通常行われるかのように説明をしている文章が少なからずありますが、それらはすべて誤っています。例えば、USB4 Gen 2×2とUSB4 Gen 3×1はどちらも速度20Gbpsです。この2つはパフォーマンスは同等ですが、Gen 2とGen 3ではケーブルに対する要求が異なってきます。当然、より高速なGen 3に求められる要求のほうが高くなるため、ケーブル長が短くなります (もしくはアクティブケーブル化によるコスト増) 。そして、仮にGen 3×1で動作して1レーンを空けたところで使い道がありません。現在のUSB Type-Cで伝送される可能性があるデータはUSBとDisplayPort (とトンネリングによるPCIe) ですが、USB4はこれら3つのプロトコル全てをトンネリングすることができます。ThunderboltやUSB4が優れているのは、通常は同じレーンに混在して流すことができない複数のプロトコルを、ThunderboltやUSB4のパケットでカプセル化することによって同じレーンで流すことができ、帯域を最大限活用できる点にあります。そのため、Gen 3×1で動作して無理やり1レーン空けてUSBなりDPのデータを流したところで、全体としての帯域の利用効率が落ち、かつ、ケーブルが短くなるだけなので、Gen 3×1で伝送を行っても何のメリットもありません。そんなことをするぐらいであればGen 2×2で動作してケーブル長が長いほうがいいので、USB4では通常すべて2レーン動作となります。
なのでUSB4であたかも1レーン動作が通常行われるかのような説明は不正確です。USB4は通常すべて2レーン動作であり、レーン数や1レーンあたりの速度について言及する必要はありません。 (みんなThunderbolt 3では2レーン合計の速度で話をするのに、なんでUSB4になると途端に1レーン動作が行われるかのような不適切な説明したり、1レーンあたりの速度に言及し始めるんですかね。意味分からん。)
ついでなのでITmedia Mobileの記事のUSB 3.2 Gen 1×2にも言及しますが、USB 3.2 Gen 1×2をさもありふれたもののように扱うのはどうなのかなと。USB 3.2 Gen 1×2動作はUSB 3.2 Gen 2×2のホスト・デバイスをUSB 3.2 Gen 1のFull-Featuredケーブルで接続した場合のみ起きる状態です。技術的な実現可能性はともかく、現実では「USB 3.2 Gen 1×2対応」として販売される製品は存在しません。そのようなものまで列挙することが、本当に読者にとってプラスになるのか、理解の妨げにならないか、よく考えてもらいたいです。
結局のところ、USB-IFが推奨している、
- USB 80Gbps
- USB 40Gbps
- USB 20Gbps
- USB 10Gbps
- USB 5Gbps
- (Hi-Speed USB / USB 2.0)
をベースとして、これに旧称などを補足していき、USB4についてはそもそも通常2レーン動作なのでレーンに言及しない、Gen表記は行わない、というのが読者にとって分かりやすく、かつ書き手側も間違った説明をするリスクを減らせる最良の方法なのではないかと思います。
USB PD EPR, USB PD 2.0/3.0/3.1, eMarker
長くなってきたのでザックリいきます。
USB PD EPR
あなたのそのUSB PD EPRうんぬんと書いてある文章は、本当にUSB PD EPRと書く必要がある内容でしょうか。「USB PD EPR」ではなく「USB PD 240W」では何か不都合があるでしょうか。 一般的な読者にとって「USB PD EPRに対応したケーブル」という説明と「USB PD 240Wに対応したケーブル」という説明では、どちらのほうが分かりやすいでしょうか。
USB PD 2.0/3.0/3.1
USB 2.0やUSB 3.xと同じノリでUSB PD 2.0/3.0/3.1と書かれている文章は多いですが、あなたのその文章は、本当にUSB PDのリビジョンについて言及する必要がある内容でしょうか。「PD 3.0対応」「PD 3.1対応」というような、あたかもUSB PD Revision 3.0/3.1であることが優れているかのような説明をよく見かけますが、USB PD Revision 3.0/3.1に対応していると何が優れているのか説明できますか? あなたが言いたいのは「USB PD Revision 3.0そのもの」ではなく「USB PD Revision 3.0で追加されたオプション仕様であるPPS」であったり、「USB PD Revision 3.1そのもの」ではなく「USB PD Revision 3.1で追加されたEPR、つまりUSB PD 240W」だったりしないでしょうか。あなたがUSB PDのリビジョンに言及することによって、本当に読者に対して何らかの価値を提供できているのでしょうか。
eMarker
「eMarkerが使われているケーブルを選びましょう」とか「eMarkerが搭載されているので安心です」というような説明をよく見かけますが、eMarkerをケーブル選びの指標にするのは本当に正しいのでしょうか。答えはNoです。eMarkerは特定の種類のケーブルに必須のコンポーネントであり、eMarkerが搭載されていれば高品質であるかのような説明は「あの人は運転免許を持っているので素晴らしい運転手です」と言っているようなものです。自動車を運転する人が運転免許を持っているのが当然であるように、eMarkerが必須となるタイプのケーブルにeMarkerが搭載されているのも当然であり、何の指標にもなりません。あなたが本当に言いたかったのは「仕様に準拠しているケーブル、信頼性が高いケーブルを選びましょう」ということではないでしょうか。もしそうであれば「eMarkerが使われているケーブルを選びましょう」ではなく「USB-IF認定ケーブルを選びましょう」が適切な説明ではないでしょうか。
おわりに
ということでいろいろゴチャゴチャ書きましたが、冒頭にも書いた通り、この記事で言いたいのは「必要もないのに以下のような語句を使うべきではない、なぜなら読者の理解の妨げになるだけだから」です。
使うべきでない語句 | 言い換え例 |
---|---|
USB4 Gen ◯ | USB 80Gbps USB 40Gbps USB 20Gbps |
USB4 Version 2.0 | USB 80Gbps |
USB PD EPR | USB PD 240W |
USB PD 2.0/3.0/3.1 | なし (そもそも使う必要のない語句であるため) |
eMarker | なし (そもそも使う必要のない語句であるため) |
USBには「仕様書が公開されていて誰でもアクセスできる」という、他の仕様・規格にはないユニークな特徴があります。この特徴のおかげで様々なメーカーが製品を出し、ここまで普及した一方で、内容が誤っていたり、本来開発者向けに使われるべき用語を使用している説明があまつさえ商業メディアやPC周辺機器メーカーなどでも行われており、不適切な文章・説明が氾濫しているのが現在のUSBの日本語情報です。
しかし、現状で不適切な説明、内容の誤っている説明が多いからといって、今後もそのような文章・説明を書いていい理由にはなりません。内容が正しいのは当然のこととして、どのような表現が分かりやすいのか、想定読者にとって何をどの程度説明することが適切なのか、自戒も込めて、記事を作成する際に気をつけることが求められると思います。